寛也の母親より

寛也とお母さん

ブログの開設にあたり、保育事故でわが子を亡くした母親として気持ちを綴らせていただきます。

保育所でわが子を亡くしたことは、本当に辛く、悲しく、さみしくて今でも毎日涙が出ます。しかし、保育所に子どもを預けて働くという選択が誤っていたとは思いません。
私自身、共働き家庭で育ちましたが、さみしいと思うことは一度もなく、働いている両親を尊敬していました。また、大学で教育学を専攻し、愛知県内のある保育グループで子どもたち・お母さんたちと活動を共にして卒業論文を書きました。そのなかで、子どもどうしが育ち合う力を持っていること、子どもと母親べったりの生活が、子どもにとっても母親にとってもベストではないことを学びました。

自分が母親になり、改めて「働く」ということについて考えてみました。子育てについて、第一義的な責任は親にあります。しかし、親だけでなく、社会の多様な存在が子どもに適切な働きかけを行うことによって、子どもは健全な発達を遂げます。子育ては社会全体で担うものです。そして、大人は子どもが生きる社会をより良いものにする責務を負っており、そのために「働く」のだと思います。
働かずに子育てに専念されるお母さんも立派だと思います。でも私は、働いて社会をより良いものにすることに貢献し、社会の力を借りて子どもを育てる、という生き方を選びました。私も寛也も社会のなかで成長させてもらい、社会に対して恩返ししていきたいと考えていました。今でも、その考えが誤っていたとは思いません。ただ、社会は、とくに保育の分野は、子どもが健全な発達を遂げられる環境にまで成熟していなかったこと、それを見抜けなかったことは悔やまれてなりません。

保育行政・保育現場の実態を知った今、強く感じているのは「この事故は特異なものではなく、どこでも起こり得る」ということです。事故について十分な調査・検証が行われ、再発防止策が各々の保育現場にまで浸透しなければ、また同様の事故が起こると思います。このままでは、私たちのように悲しい思いをする人がまた出てくるのでは、と不安でなりません。
今まさに、子どもたちが安全とはいえない状態にさらされています。だからこそ、一刻も早く解決しなくてはならないと考え、今日まで行動してきました。今後はブログでの情報発信を通して多くの方々と問題意識を共有し、子どもの安全な環境づくりのために一緒に行動していただけたら、と思っています。子育て中のお父さん・お母さんはもとより、かわいいお孫さんがいらっしゃるおじいちゃん・おばあちゃん、いつかお父さん・お母さんになられるであろう若い世代の方々、そして日々努力されている保育現場の方々にも一緒に考えていただければ幸いです。

平成23年10月2日
栗並 えみ

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テーマ : 保育園
ジャンル : 育児

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